2012/05/29

日本・モルディブ現代美術展の帰国展「呼吸する環礁(アトール)―モルディブ・日本 現代美術展」を見てきました。

女装の私が青山spiral gardenにて実施されている「日本・モルディブ現代美術展の帰国展」に行ってきました。これは3/20から4/19までマレ市のモルディブ国立美術館にて開催されていた「呼吸する環礁(アトール)-モルディブ・日本芸術展(主催:国際交流基金)」の帰国展です。日本人6組、モルディブ人2組のアーティストが作品を展示していました。日本からは淀川テクニック、荒神明香、田口行弘など、モルディブからはAfu(Afzal Shaafiu Hassan)やMillzeroが参加と、なかなか見ごたえのある展示です。Afuは砂で絵を描くアーティストとして日本のメディアでも取り上げれられています。




spiral gardenは建物入って右側から入場、左と右に展示がわかれます。左に進むとホール。その展示はスロープをあがって2階からも見ることができ、また、カフェで珈琲を飲みながら見ることもできます。ホールには荒神明香、淀川テクニック、藤森照信の展示。ホールに向かう壁には狩野哲郎、中谷芙二子、Afu (Afzal Shaafiu Hassan)が展示されています。後者2組は映像の展示となっており、カフェからゆっくり見るのも良いかもしれません。入場して右に進むと田口行弘とMillzeroの作品が展示されています。



中谷芙二子さんの霧の彫刻は映像での展示でした。こればかりは現地で体験したかった。以前、日仏学園で彼女の霧の彫刻を体験しています。「状況としての彫刻」という言葉通り、自分やその他の人間を中心とした状況に霧が現れることで私たちの状況は変化します。風景と自分との間に霧が差し込まれることでその関係は変化し、木々や草花や電灯や建築物など見慣れたそれが姿を変えます。幻想的になり、つまり美しいのです。霧は「光」と自分との関係も変えます。視覚できないただ環境としての光が形となって(多くの場合は線)私たちの目の前に現れます。中谷さんの霧の彫刻が展示されている場所では、多くの場合この光は影を伴って現れます。自分が動くと影が動き、合わせて形となった光も動きます。霧は自分とあらゆる物事の間に差しこまれ、インタラクティな作品となります。機会があればぜひ実際に霧を体験してください。





荒神明香さん作品はモルディブの海に飛び込んだ瞬間の泡を体験させてくれます。球体の水の泡のように見えますが実は…。とてもシンプルな作品です。こんなに簡単なアプローチで、海の飛び込む興奮を体験できるなんて不思議な気分です。ホールに展示された荒神さんの作品の右向こうには、淀川テクニックさんの作品が見えます。それは魚の形をしているので、荒神さんの作品を通じて体験する世界を膨らませてくれます。水没の危機に瀕しているモルディブ。この泡がまだ海の体験の美しさを伝え、そして海を畏れる人の心の動きをただ恐ろしいではなく少しでもプラスに転換する力があるものと信じたい。






田川行弘さんの作品は、現地の女性が身に纏う布や男性の着るTシャツを使った作品です。展示された布を見ると幾何学模様や見慣れない言語(おそらく現地語)のロゴが描かれています。田口さんは今回、布をマンホールの蓋や看板の凹凸にあてがい、その上から絵の具を塗ることで形を浮かび上がらせる手法をとりました。その制作過程を撮影。コマ撮りのアニメーションにした映像が、布が垂れた白い壁に投影されています。布に向かって左側の壁には、モルディブでのオープニングパーティの様子が映像で紹介されていました。若者が作品を着用し踊っています。打楽器を鳴らし、踊り、歌い、周りから人が増えカメラの前や後ろで踊り狂う。とても楽しそうな風景でした。現地では、おそらく「パフォーマティブインスタレーション(参照:http://sayonalife.blogspot.jp/2011/07/mam014.html)」としての展示がなされていたでしょう。街中の記号が刷り込まれた毎日着用する衣服。その場所で生活する人々が生きるだけインスタレーションは続くのかもしれません。街中からその記号が消えてしまっても人々の生活に刻まれます。





淀川テクニックさんはモルディブの海辺に集積されたゴミを集め、魚をつくりました。口の中にはモップがあり、ざらざらとした舌を想像させます。なんと尾はのこぎり!ギザギザです。目はサングラス(であったもの)を使っています。うろこの一枚一枚、違った種類のゴミが使われ、ひとつひとつ確認すると時間があっという間に経ってしまいます。




淀川テクニックさんの作品を見るたびに思うのですが、集められたゴミはなんとも力強い。バラバラと川を流される(淀川のゴミを集めて作品を作っているので)ゴミは、本当にゴミなのかどうか疑いたくなる。もちろん、ゴミはゴミ。生活からはみ出た物。しかし、その「生活」からはみ出たものを集めて生活している人だっている。河川敷の路上生活者。彼らにとってゴミは「要らないもの」ではなく生活の糧になるわけです。流れ着くゴミはその周辺の生活の重層的な側面を見せてくれます。それを格差だと捉える人もいるでしょう。多様性と捉える人もいるでしょう。もったいない精神を引き出される人も、ゴミが作品になることに対して批判的な態度をとる人もいるでしょう。そんな周囲の視線の間をくぐり、ゴミの魚はのんびりと泳いでいます。その悠々とした態度が、私に目には力強く泳ぐ魚の姿に見えるのです。




淀川テクニックさんのブログには、作品制作を手伝う現地の若者が紹介されています。彼らにとってゴミとは何でしょうか。観光客が落としたゴミであれば、もしかすると自分たちの生活における資源かもしれません。自分たちの生活圏が落としたゴミであれば、前に書いたような重層的な生活をイメージしていたのかもしれません。

ゴミがあるということはその生活圏に力強さが残っているということなのかもしれない。ゴミが無いということは、それは美しい生活だと考えられるかもしれないけれど、実は骨抜きにされた弱弱しい生活なのではないか、と想像が飛躍してしまうほどに力強い作品をぜひ見に行ってみてください。

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【イベント概要】
会期:2012年5月24日(木)~6月3日(日) 11:00~20:00
会場:スパイラルガーデン(スパイラル1F)
〒107-0062 東京都港区南青山5-6-23 スパイラル1F

【日本・モルディブ現代美術展の帰国展】
■モルディブ大使館サイト内:
■国際交流基金サイト内:

■Spiral Ggardenサイト内:

【参加作家】
狩野哲郎

荒神明香

田口行弘

中谷芙二子

藤森照信

淀川テクニック

Afu (Afzal Shaafiu Hassan)

Ali Nishan (Millzero)