2012/02/12

”あざみ野コンテンポラリーvol.2 Viewpointsいま「描く」ということ”に行ってきました。


女装の私がアートフォーラムあざみ野(ART FORUM AZAMINO)で開催されている”あざみ野コンテンポラリーvol.2 Viewpointsいま「描く」ということ”に行ってきました。都内からは少し遠い場所での開催でしたが、淺井裕介/椛田ちひろ/桑久保徹/吉田夏奈とかなり興味深いラインナップ。行かないわけにはいきません。

「描く」ことをテーマにした展示でした。何を使ってもいい、どこで描いてもいい、だからこそ今ここで描く意味を大事にしたいと言う淺井裕介さん。何万本もの線を描きながら「何も描かない」という選択をした椛田ちひろさん。描くことから始めて身体性を獲得し、今は空間をつくろうとする桑久保徹さん。島を描いてしまった吉田夏奈さん。その中でも特に印象深かった、淺井裕介さんと椛田ちひろさんの作品について書かせていただきます。このお二人の展示は1Fスペースにあります。桑久保徹さんと吉田夏奈さんは2Fに展示されていました。

桑久保徹
《Atelier for the Art of Painting》2010年
130.7 x 162.2 cm、油彩・キャンバス
(c)Toru Kuwakubo
courtesy of Tomio Koyama Gallery

吉田夏奈
《FACE TO THE GREEN》(部分)2011年
110×93.5cm、紙・クレヨン・オイルパステル
撮影:早川宏一


■淺井裕介さん
淺井裕介さんの陶芸作品を観るのは初めてでした。マスキングテープを使ったドローイングや、土を使った絵は何度か見る機会があったのですが。展示スペースは2部屋あり、最初に入る部屋はドローイングをメインとした構成でした。アトリエで制作されるものを多く展示されているとのこと。確かに展示や制作をしている”場所”よりも”自分を中心とした場所”の作品でした。よく見ると、ショッピングバッグやレストランのナプキンなどが使われています。そうした道具を使用しているから人間が描かれるのは彼の言う「自然なこと」なんでしょう。都現美で見た泥絵には無かった、人間と精霊(より動物的な造形で)の関係が描かれています。


描くための素材はどこにでもあると言います。絵の具はもちろん、ペン、テープ、石、土、灰。素材をのせる場所も、何でもいい、紙や壁、ナプキンや道路、お皿。手を動かし、素材と場所が触れた瞬間から点となり線となる。「何でもいい」のです。だからこそ「今ここという場所」で描くべき絵の姿を、不自然ではない自然な振る舞いでつくられる作品。直径20cmほどの籾殻の円の中心に置かれた小さな陶器作品”八百万の神たち”の空間は、空気が違いました。こじんまりとしたホワイトキューブが、おじいちゃんおばあちゃんの昔話が聞こえてきそうな、いや、昔どこかで嗅ぎ触り見て走りまわった自分を中心とした原始の風景に変わりました。私の意識はあそこを走り回っていた。わーきゃーと叫びながら。

淺井裕介
《赤砂にノマレル》 2010年、157×109㎝
紙にペン・インク・アクリル・コーヒー
撮影:渡邉郁弘
courtesy of ARATANIURANO


入り口にはカッティングシートを使った《文字森》という作品がありました。文字をモチーフに森を描いている作品です。淺井裕介さんはその場所が人間に伝えようとしている言葉を描いているのかもしれません。書くことと描くことの境界線、人間と精霊(といわれるもの)との境界線。我に返ると、少し恐ろしくなる世界でした。



■椛田ちひろさん
椛田ちひろさんの作品とは昨年アートフロントギャラリーで開催された「目をあけたまま閉じる」展で初めて対峙しました。想像力をかきたてる扉として機能する作品だと記憶しています。そして、ボールペンで何万本もの線を描き、いつのまにかそれが対象物となる過程があるということも覚えていました。境界線が境界面となる。想像の先に椛田さんがいるのかどうか。

椛田ちひろ
《事象の地平線》(部分) 2010年
インクジェット紙・油性ボールペン

これから書く事は椛田ちひろさんの作品に、不必要なスケールを与えてしまうかもしれず、それがとても気がかりです。書かずにはいられないので「気がかり」を抑えて書きます。これまでの文章をお読みになり、「見てみたい」と興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひあざみ野/アートフォーラムあざみ野(ART FORUM AZAMINO)に行ってください。40mの巨大な作品がつくる空間を体験してください。

さて椛田さんは具体的な何かを一切描かない事で、私たちの想像力を引き出します。強烈に。40本から、時には500本ものボールペンを使って描かれる「何か」はよく見ると線を引くことで描かれた「何か」である事に気づきます。本作での「何か」は「円」でした。(恐らく、結果としてそうなったのでしょう。)長さが不定の円がいくつも連なる40mの巨大な作品は部屋をぐるりと一周します。ただただ黒い円が部屋を取り囲みます。まるで歪んだ鏡に映された像の様に長い円があれば短い円もあります。部屋を一周すると、その「歪み」が距離だけでなく時間までも歪めます。奥に円形に曲げられた鏡が設置され、その歪みを助長します。


ありとあらゆる世界への扉が開いているかの様に、私たちはその黒い「円」から向こうに飛び立ちます。想像の旅がはじまります。ボールペンの光沢のあるインクが鏡のような面を作ります。前に立ってください。黒かったはずの円は鏡となり私たちを向こうの世界へと引きこもうとします。手を伸ばして掴もうとしても、それは線の集約により面となった作品でしかない。私たちは想像することしかできない。だから果てしなく想像する。椛田ちひろさんの作品は、全ての人の想像力を引き受けます。深い愛情、母性、優しさ、と言ってしまうとそれまで。極めて濃度の高い、つまり純度の高い女性性がそれを実現させているのでしょう。

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■アートフォーラムあざみ野(ART FORUM AZAMINO)HP展示HP
■淺井裕介 アラタニウラノHP/twitter
■椛田ちひろ HPtwitter
■桑久保徹 HPhttp://kisstheheart.jp/archives/355
■吉田夏奈 HP
※記事中の画像は上記サイトより引用させていただきました。