EMST—National Museum of Contemporary Art、複数の作品(2) | documenta 14 Athens

5年に1度の国際芸術祭ドクメンタのアテネ会場を見てきました。いくつか作品を紹介します。メイン会場とされる6か所のうち、最も作品の数も質も高いと思われるEMST—National Museum of Contemporary Artをご紹介します。とても多いので数回に分けます。

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documenta 14
Athens

Venue Number [4]
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Arseny Avraamov


海軍の船舶の警笛やサイレン、バスや車のホーン、工場のサイレン音、大砲、カスピ海に浮かぶソビエト軍艦全体の砲撃銃や機関銃、水上飛行機の離着陸の音。ロシアのArseny Avraamovが作曲した「Symphony of Sirens」のアーカイブ展示。実際にSymphony of Sirensを聞くことができます。





Piotr Uklański and McDermott & McGough


ここでこう書くのは、私がそうイメージしているからではなくて、調べた先の情報として、さらにこの展示において重要な要素だから書きますが…「ナチスの協力者」として批判されたことでも有名なLeni Riefenstahlの映画、ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』を元にした写真(おそらく)と、ヒトラーの肖像に人の名前と年代が書かれた絵画が展示されています。



Edith Hamiltonは”Greek Way”というタイトルの本を発刊しましたが、これは黄金時代と称されるギリシャ文化の素晴らしさを伝える大作となりました。しかしこの言葉はアーリア人を神話的存在として強固にするためのプロパガンダとして第三帝国(ナチス)に利用されています。20世紀初頭、この同時期、”Greek Way”は同性愛者の婉曲表現としても使われます。この表現があることで、当時公然と同性愛者を抑圧していた西洋社会において、逆に存在を認めたとも言えるでしょう。

ところでご存じの通り、同性愛者はナチスによる迫害の最初の犠牲者です。民族浄化という理念のもと、ナチスは同性愛者を社会的に異常な存在として弾圧しました。McDermott & McGoughの絵画では、英雄的なヒトラーの肖像と、彼らが弾圧し殺害した同性愛者の名前と処刑された日付が書かれています。



Leni Riefenstahlの『オリンピア』から切り出された男たちの美しいイメージは、もともとはナチスの広告宣伝に用いられましたが、同時に彼らが社会的に異常として迫害した対象でもあります。ナチスは美を称賛すると同時に自害した、彼らのプロパガンダは同時に自らの墓標でもあった。そう考えることもできる展示でした。


Maria Lai


タイプライターを機織りの機械に置き換え、詩を表現するサルディーニャの作家の作品。キャンパスに糸を縫い込む彼女の作品はたしかに文字や意味を感じる瞬間があります。彼女はサルディーニャのとある島で「社会彫刻」のプロジェクトも行ったこともある作家だそうです。


展示には、彼女が使ったであろう機織り機械(彼女にとってのタイプライター)もありました。


George Lappas


Gardener with Little Bear (2013)とGardener with Shovel (2012)の2点が展示されています。カイロうまれのギリシャ人の作家は、ギリシャを代表する彫刻家だとか。生活におけるありふれたモチーフに「生命」を吹き込み、そのものがもつ定型のイメージ(個人的や社会的に決めつけられているような)を解体します。

とにかく可愛いという印象が先だってしまいました。毛むくじゃらの小さな庭師の農具におそらく小さな子熊がくっついているモチーフなんだと思いますが。この庭師と思っている物体が庭師なのか子熊なのか。小熊と思っている物体が庭師なのか。。


Katalin Ladik


シンセサイザーの回路を前にしてヘッドホンを耳に着け、聞こえてくるKatalin Ladikの声は…私は笑ってしまいました。だって「ぴろぴろぴろ」とか「ぴゅよ~ん、わおわおわお」とか「にゅうぉ~んにゅうぉ~んにゅうぉ~ん」とか口で言っているんですもの。面白くて面白くて何度も聞いてしまいました。実は彼女の音域は驚異的らしく、超音波レベルの高さからバス・テノールに近い低音域まで発声できるらしいのです。でも「ぴょぴょぴょい~ん」とかなんですが…。

彼女は1942年代のセルビアを詩ととらえて表現するが、紙を発表する伝統的な媒体としての「紙」はあまりにも固定的と考え、彼女自身の体を用いて詩を表現するに至りました。主に「音」ならびに「音質」によって構成される彼女の音楽(音声)は、意味ではなくそれが持つ本能的/機能的な側面を際立たせようとします。確かに「にゅうぉ~んにゅうぉ~んにゅうぉ~ん」の中に何かを見出すことができるかもしれません。


こうした彼女のアプローチは常に新しい「言語」を発明します。疲れていた私は思わずわらってしまいましたが、彼女の声の中に確かに何かしらの規則、構成を聞きとることはできま…した。


Tomislav Gotovac


Cleaning of Public Spaces (Homage to Vjekoslav France aka The Bolshevik and Cleaning Apostle) (1981)と題された作品です。作家が掃除をしている様子の写真と、掃除に使った道具、集めたゴミが展示されています。

掃除は1981年の5月28日夕方の4時から夜の8時にかけて行われたとキャプションにあります。場所はクロアチアの首都ザグレブにあるSquare of Petar Preradovicという広場です。この広場はもともとBrotherhood and Unity Squareという名前でした。Brotherhood and Unityはユーゴスラビア社会主義連邦共和国が掲げた理念で日本語だと「兄弟愛と統一」です。民族主義を嫌い、理念による統一を推し進めたティトーが記憶に新しいのではないでしょうか。

ティトー死後の分裂から、これまた記憶に新しいセルビア人とクロアチア人の対立、クロアチア紛争やユーゴスラビア紛争にまで至ります。クロアチアはウスタシャによるクロアチア独立国など、私にとってあまり印象がよくありません。しかしアドリア海側の人々の視点に立てばセルビア人(もしくはユーゴスラビア連邦の理念)に搾取され続けたという記憶になっているのかもしれませんね。

名前が変わった広場ですがPetar Preradovicはオーストリアハンガリー軍の将校でもあったクロアチア人の詩人で、かつ民族主義者でもありました。


民族主義者の名前がつけられた公園で作家がゴミを拾った1981年、クロアチアではセルビア人に対する不満が高まりつつある時期。独立前です。まだユーゴスラビア社会主義連邦共和国の一部でした。

1937年に現在のクロアチアで生まれ映画監督しての側面もありながら裸のパフォーマンスを行うといった芸術家としても有名だったTomislav Gotovacは何を思って公園の掃除をしていたのでしょうか。

現在はTomislav Gotovac Instituteという施設が作品などアーカイブしているとか。機会があれば行ってみたい場所です。

https://www.facebook.com/TomislavGotovacInstitute


Wang Bing


急激な変化(工業化)を見せる中国のとある地域にある工場の映像。Wang Bingは4年かけて撮影した内容を9時間におさめたドキュメンタリー映画で話題をさらった作家だそうです。今回展示されていた映像は7時間半のドキュメンタリー映像なので9時間ほどはかからないと思いますが、全部を見るのはちょっと難しいと思いますのでご検討ください。

感情的な描写はなく、ただただ淡々と工場における繰り返しを見せていく映像。その質感は確かに「歴史に人質に取られた」様子が伝わります。


Daniel García Andújar


机の上に3Dプリンタを用いて成型されたギリシャ彫刻でよくみられるモチーフがずらりと並び、壁には人や図像のアーカイブとみられる写真が整理されてずらりと並ぶ。ポセイドン像を保存/移動する際に使われるケース(フレーム?カバー?)が置かれている展示。

おそらくはアーカイブと考古学、または博物館の役割や機能の現代的な解釈(解釈の拡大や転回などかなと)をテーマにしていると思います。特に写真がわかりやすく、左一面には彫刻の発掘/保存/修正現場の写真がならび、徐々に様々な人種のポートレート、その後は人間のパーツ、そしてネット上にある人間などの構造データの集積に広がっていきます。


テーブルの上に並ぶプリントされた彫像たちも3段階ほどの変化を見せています。最初の群は白い色の樹脂を用いてデータをそのままプリントされたものになっていますが、次の群は色や素材が異なります。最後の群は太っていたり禿げていたりデータそのものに改変が見られます。

アクセス可能なアーカイブの中に生きている私たちが真正性のあるデータにアクセスするにはどこにいけばいいのか、不安になる展示でした。


Moyra Davey


写真を折りたたみ、カラーテープで四隅を補強し、住所を書き、切手を貼ってそのまま郵送するという「mailing」プロジェクトの展示と映像。

「mailing」は恐らくアテネに郵送された写真だと思いますが、誰に対して何を郵送したのか。documenta14のサイトにはイニシャルQLという人物からイニシャルMD(Moyra Davey)宛のテキストが書かれていますね。


彼女はインタビューで写真を折る繰り返しの行為は、毎日絵を描くペインターのそれと同じようなものだとも回答しています。郵送における物流システムの「システム」部分を作品に取り込んだということでしょうか。彼女は「mailing」プロジェクトをはじめてから写真がとても楽しくなったと答えています。彼女の作品の構造が写真から拡張して物流を取り込むことでそこにある限界のようなものや完璧さ(求められているような)を回避できるようになったのかもしれません。