Kotzia Square、Rasheed Araeenの作品 | documenta 14 Athens

5年に1度の国際芸術祭ドクメンタのアテネ会場を見てきました。いくつか作品を紹介します。

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documenta 14
Athens

Venue Number [29]Kotzia Square
http://www.documenta14.de/en/venues/15317/kotzia-square

ArtistRasheed Araeen
http://www.documenta14.de/en/artists/13577/rasheed-araeen
Shamiyaana—Food for Thought: Thought for Change (2016–17)
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初めて訪れた国、初めて見るサイン、人の雰囲気、治安も何も不安でわからない状況、少し大きめのバッグを抱えて歩いてホテルに向かうその途中で見つけたのがRasheed Araeenのテントでした。本当は、バッグをホテルの部屋に置いて身軽に鑑賞するつもりだったんです。でもお昼時、お腹もじゅうぶんに空いていた私はとにかく席に着くことにしました。一応、事前にリサーチをしていたので、あのテントではご飯が食べられる、という事実は知っていたんですよ。

受付でチケットをもらって、いざテントへ。カラフルなテントはパキスタン伝統の形式だそうで結婚式に使うとか。色や形はアレンジされているみたいですが。真ん中に厨房らしきものがあり、その周辺にだいたい4つほど空間が設置されます。各空間には2つほどのテーブルがあり、各テーブルにつき4~6人ほどが座れます。スタッフタグをつけた若い人(アテネ美大の人が多いらしい)が各空間に1~2ずつ。のんびり人と話す人もいれば、せわしなく料理をサーブしている人もいました。


席に着くとチケットの提示を求められます。半券をキープ。水と食器が用意され、地中海料理をベースにした料理が出されます。料理の説明は、私の場合は同じテーブルにいたご老人にしてもらいましたが、すきすきの歯に訛りのきつそうなギリシャ語だったのでよくわかりませんでした。まあ、美味しいということだけは伝わりましたが。

テーブルに着く前、受付で「このテントの中では何をしてもいい。何を選択してもいい。コミュニケーションをする/しないもあなたの自由。英語を使ってもいいしギリシャ語を使ってもいい。あなたの言語(日本語)だけを使っていてもいい。話題は何を選んでもいい。この自由は、あのテーブルにつく人全員が持っているものなの」ということを伝えられました。とっても丁寧に。

この「自由」は、少なくとも私の座ったテーブルでは生きていて、何かを求められる様子や何かを禁止されている様子は一切ありません。英語でコミュニケーションを取ろうとしましたが、テーブルにいた他の3名は英語がわかりません。ギリシャ語で好き勝手しゃべるしゃべる。右に座っていた老夫婦の奥さまが時々英語のようなドイツ語のような単語で「政治の話してるのよ」とか「彼は仕事がないのよ」と説明してくれるのが唯一の手掛かりでした。

最初は緊張しました。左に座っていて政治の話ばかりしていたご年配の男性は仕事が無く(右にいた老夫婦情報)このあたりをふらふらと歩いている人らしい。想像するに無料でご飯が食べられるからそこにいるんじゃないかと。ただどうやら作品の趣旨は理解している風でもありました。「美味しいだろう?」に近い話しぶりや身ぶりをしてきた時、私はそれに反応し大きな身ぶりで同意。その瞬間、その男性はどこか満足した様子で席を離れて去っていきました。「同じテーブルに座った異国の他人」から「美味しいという経験を共有した他人」に変化したんだと思います。彼にとって何か満足のいく体験だったんでしょう。これまた想像にすぎませんが、美味しい豆料理を食べた経験を誰かと共有したかったんじゃないかと思いますよ。


何が起こったのか理解する間もなく、右に座った奥さまからしきりに集合写真を求められてしまっていたので、この男性との関係についてじっくり考えるのは後になってしまいました。

いやはや、今まで自分がいかに言語に頼りすぎていたのか、「わかる」「理解する」ということに頼りすぎていたのか、思い知らされました。「わからない」「理解できいない(というよりも、理解する糸口すらない)」状況で、どのように交流するか、関係するか、関係を変化させるか。その難しさや可能性を(とはいっても希望にまでは至らないけど)得ることができた気がします。

「食」や「(結婚)パーティー」がモチーフというある意味定番の作品でしたが、最初にこの作品に触れてよかったと思います。※定番って、あの、見飽きたとか「今さら」とかそういう意味で使っているのではなくて、「そこから考えることから逃げられないんだな」という意味です。


KotziaSquareはその名前が幾度となく変わっています。現在は1934年から1936年までアテネ市長を務めたKonstantinos Kotziasの名前を冠しています。Kotziasはトルコからの難民に向けた住宅開発プロジェクトを推進した市長として知られ、彼の名がつけられたこの広場は、かつて国立銀行や郵便局や劇場に囲まれ市民が集まる広場として栄えて(?)いました。しかし現在はショッピングセンターにその座を奪われ寂しい姿に。そんなKorziaSqueareでこの作品は発表されています。

テントのモチーフに使われているパキスタンの結婚式。どうやら最大1週間近く行われ続けられるとか。ネットで調べると、あらまあ豪華な結婚式です。その裏、前提にはまだまだ見合い結婚が中心など、両家に対して歴史が束縛する/はく奪する「自由」が見え隠れします。

見捨てられつつあった広場に目立つテント。私は参加して鑑賞しましたが、あえて参加せずにただただ広場を、テントのある広場を眺めるだけでも興味深い作品でした。