「東京藝術大学先端芸術表現科 卒業・修了制作展2012」を見てきました。:Bankart 3F

女装の私が「東京藝術大学先端芸術表現科 卒業・修了制作展2012」を見てきました。54とたくさんの作品がありました。全てを書くと長文になってしまいます。会場となったBankartは1F〜3Fにわかれていましたので、その階ごとにまとめて書かせていただきます。最後に3Fの作品。


Bankartの3階には25人の作家さんの展示がありました。印象に残っている作品は4つで、尾木はるかさん、有坂亜由夢さん、川村麻純さん、西田みのりさん。ん。4つのうち、3つが映像作品でしたね。


いきなりですがトビウオを食べた事がありますか?私はありません。屋木はるかさんは居酒屋で「トビウオ」を食べました。彼女は、居酒屋で食べた「トビウオ」の絵をお腹に描き、トビウオの生まれた海の近くにある島へ行き、お腹の「トビウオ」を海にかえし、海のトビウオと共に泳ぎます。この記録映像が、屋木はるかさんの作品でした。

「トビウオ」が消化される24時間、彼女は一切何も口にしません。「トビウオ」により動く自分の身体を実感します。海に入るまでの間、彼女は「トビウオ」によって生きる。夢のような、でも、たぶんほんとうの話。10数cmしかない小さな「トビウオ」そのもの実在感は、身体をつたって支配して彼女は「トビウオ」になる。泊まったホテルでお腹に描いた「トビウオ」を確認すると、絵の具が剥がれ落ちて、少しずつ存在感が薄れていきます。フェリーを降りた屋木はるかの足元がおぼつかないのは、「トビウオ」の栄養がなくなって彼女がただ疲れただけなのか、小さな「トビウオ」の存在が、つまり命とやらが消え入りそうになるはかなさなのか何なのか。

「トビウオ」一匹だけで24時間生きる疲労は、彼女に小さな「トビウオ」の存在を発見させるものだったでしょう。フェリーを降りた瞬間の彼女の足のふらつきに、自分の身体を「装置」として使い普段は看過してしまう何かを意識させて非日常化する彼女の作品を感じます。

お か え り 2009年 記録冊子

映画館で見かけるショートムービーのような淡い映像は完成度が高く、見ていて安心できるものでした。あまりにも安心して見てしまっていたので、つい「足のふらつき」を見逃しそうになりました。あぶないあぶない。


呪術的な模様が描かれた壁の向こうの薄暗い部屋に映像が流れる有坂亜由夢さんの作品に、私はしばらく見入ってしまいました。「深山にて」と題された映像は、山か森の奥に人…動物…霊…なんだかわかりませんが、青い物体がぎこちなく動くものでした。場面は変わりウネウネと気持よく(ただ、この場合は怪しさが勝っていましたが)動くアニメーションが続きます。私の大好きなタイプ(1秒あたりのコマ数が多い!)の映像でした。さて、しばらく見ていると、またまた場面転換。次はどこでしょう。これは…部屋?

じっと見ていると、部屋にある全てのものが動きだします。タンス、急須、湯のみ、障子、こたつ、後は覚えていませんが、とにかくそこにあるもの全てが、ストップモーションアニメで動きます。広告で使われるようなデフォルメされた動きではなく、徹底的に「魂」を感じさせるものでした。人ではない、しかし人の、生きている人ではなく死んだ後に残る霊的な何か、つまり魂。

カタログで有坂さんは「anima(霊的なもの)」を「animation」で明快にしていく、とおっしゃっています。確かに明快に「霊的」だった。人は残り香でしかなく、それはもう部屋であり、家で、つまり家が魂を持ってました。家の「霊的」なイメージですらこれだけ不思議なのだから、家の立つ土地(この場合は山かな)の「霊的」なイメージはどれほどか。おそらく私が最初に見た青い物体は、魂が凝縮した物体なのかもしれない。

さようならの観察 2010 映像(4分

その部屋は台東区にある古民家だそうです。確かに人が長く住んでいない部屋に人ではない何かがいる(ある)事は、私も知っています。余談ですが、この感覚には熟成度があって、人が住んでいない期間によって変化します。少し前まで人が住んでいたんだろう部屋は、またこれも生々しい感覚で、何かがいる(ある)し、長い間住んでいない部屋は生々しさが熟成して発酵して抽象度があがり、つまりシンプルに怪しい何かがいる(ある)のです。

次に有坂さんが作る映像も見たくなります。


2枚の縦長のスクリーンが10mほど間をおいて立てられ、それぞれに女性の映像が流れています。映像の中の女性は、基本的に動きません。しかし写真ではないので、まばたきや表情の疲れによるかすかな動きが見られます。また体勢に無理のある女性は、時々身体を動かします。年齢は20代後半から50代くらいまで。それぞれに関係性はなさそうです。最初、女性に関係性(姉妹や親子)を探しましたが、徒労でした。ただただ女性が映される。

Mirror Portraits 2011 映像インスタレーション

私たちは壁際に置かれた椅子(位置はスクリーンの中間ほど)に座り、ヘッドホンを装着します。真正面を向いても映像は目に入りません。左を向いたり、右を向いたりしてはじめて、そのスクリーンが視野に入ります。

ヘッドホンからは女性の声が聞こえます。母親について語っています。映像の女性が喋っているわけではなさそうです。声の質がほぼ同じです。変わりません。では誰か別の人、例えば作家の川村麻純さんご自身が母親について喋っているのかといえば、それも違うようです。語られる母親像は様々で、だから、映像の女性が母親について語っているのでしょう。もしかすると、この女性の娘が母親について語っているのかもしれません。こうしたインタビューを通じて写真の背景にある物語を伝え、母親としてもポートレイトを表現しているのでしょうか。

作品タイトルは「mirror portrait」です。鏡のポートレイト。私たちが鏡を見ているということでしょうか。母親らしき女性(年齢でわかる)の映像とヘッドホンから聞こえる誰のものともわからない母親についてのインタビューを通じて、抽象化された母親像(私たちの頭の中にある)を感じさせようとする装置なのか。それとも、合わせ鏡? 母親像を無限に増殖させての個の消滅と、誰のものかわからないインタビューによる抽象化。そうして母親を感じさせる装置なのかもしれません。

事実、私も母親を思い出しました。ただ、それは、似たような経験をしたインタビューがあったからではありません。似たような顔をした人がいたからでもありません。「あ、母親ってそうだよね」という極めて抽象的な最大公約数的な感覚を手に入れた瞬間に、私の母親を思い出しました。不思議な感覚ですよね。全くの他人のポートレイトを見ながらにして、自分の母親を思い出すのですから。


西田みのりさんは中之条ビエンナーレへの出展経験のある作家さんです。空間を使ったインスタレーションに「いいなあ」と思わせる仕掛けが沢山ありました。まず靴を脱ぎます。そして、膣から子宮に戻るように私たちは姿勢を低くして小さな穴をくぐります。その先は高さ2mほどある板の壁がぐるりと円を描いて私たちを取り囲みます。直径はだいたい5mほど。黒く塗られた板、その周りの壁は真っ黒い布で覆われています。真っ暗です。中心よりすこし外れた床にスポットライトがあたり、直径50cmほどの円を作っています。その光の中に立ってみました。

「コーン…コーン」と何かを打ち付ける音が聞こえます。その他に聞こえる音はほとんどありません。不安です。ふと女の人の話し声が聞こえました。女の人の声はよく聞こえますね、やっぱり。人の声が聞こえると、ちょっと安心します。そうこうしているとスピーカーを見つけました。「コーン…コーン」という音の犯人ですね。ちょうど真正面の壁に設置されています。近寄り音を確認します。せっかく壁際に来たのでぐるりと外周をまわってみます。暗い作品の中で、まだまだ目が慣れません。ゆっくりゆっくりと足を運ぶと、途端に不安な気分が私を襲います。話し声だと思っていたのは泣き声でした。女性の泣きじゃくる声が聞こえます。いやいやいやいや、やめとくれ。こんなところでそんな幽霊みたいな・・・と、思っていたら、小さなスピーカーを見つけました。泣き声はそこから聞こえていたのです。

泣き声に耳を近づけてしばらくそのままでいました。最初は「怖い」と感じていた泣き声を、今は落ち着いた気分で聞くことができます。というよりも、泣き声を聞くことで落ち着いているのかもしれません。真っ暗なこの空間は光がありません。無機質な「コーン…コーン」という音は、私たちの生を脅かします。生が感じられない中での生きている人の声。それが泣き声であったとしても、嗚咽混じりの号泣であったとしても、そこに人がいる(かもしれないという)気配が与える強烈な安心感を与えてくれました。

しるべ 2010年 サウンドインスタレーション

子宮を感じさせる空間で「泣き声」に出会った私は、いくつもの感情の起伏(それはとても繊細で瑞々しいものでした)に気づくことができました。胎児だったころの私が子宮の中で感じていたのも、似たような起伏だったのかもしれません。


長文失礼いたしました。1〜3Fまで54作品。全てが見応えのあるものばかりでした。

「東京藝術大学先端芸術表現科 卒業・修了制作展2012」レビュー
Bankart 1F
Bankart 2F
Bankart 3F

※その他、3階の作品:
ウニのようなカタチのセンサーの塊の大和田俊さんの作品。新聞に国旗を投影させる水野博之さんの作品。岩手の「なにゃどやら」という盆踊りのパフォーマンス、水本紗恵子さん。アクリル板に墨でライブペイント、渡利紗千子さん。メディア芸術祭アート部門受賞の山本良浩さん。バスタブ、関透真さん。電話がいくつもある土肥志保美さん。同じ状態が起こる可能性が極めて低い光と音のコラボレーション、松本昭彦さん。ベッドに色々なものが落ちてくる映像の、伊澤秀幸さん。大きなスクリーンに小さく海外ドラマが放送される川村喜一さん。細胞のオブジェ、関麻里さん。赤い靴の女性の足が怪しい(でも美しい)権藤隆平さん。鉄砲をぶちぱなす女性、柳井信乃さん。こたつのパフォーマンスの菊地裕貴さん。窓の映像、磯野迪子さん。壁にお経の様な文字がたくさん書かれた、大塚真理子さん。宗教ががアニメする中島麻未さん。大きな剥製が4体天井からぶら下がる、金ヨン志さん。東京の風景画、高橋大右さん。和風のオブジェ、三浦博美さん。計算式にもとづく針金のオブジェ、小林真太郎さん。

---------------------
上記記事で使用した画像は下記サイトより転載いたしました。
http://www.geidai.ac.jp/event/sentan2012/