2010/01/19

世界の終わりの魔法使い




世界の終わりの魔法使い (九龍COMICS)

世界の終わりの魔法使い (九龍COMICS)










これは、反抗的な男の子の話です。反抗・対立の対義語は降参・従属。この漫画の世界は「魔法」に打ち勝った「科学」が「魔法」に従属してしまった世界を舞台に描かれます。





(あらすじ)


1000年前の魔法大戦で魔法星団と戦った「発達した科学団」は最新鋭の科学を集結させこれに抗った。魔法星団側の精神的支柱であり、何万人もの人間を殺した魔法使い「魔王」を最新鋭の刑務所に封印。それを見守るかのようにある村は、1000年たった今、魔王の呪いでみな魔法使いになっていた。その中で、たった一人、魔法が使えない少年「ムギ」。魔法なんて大嫌いと科学で空を飛ぼうとするが…





「魔法を敵と戦った人間が 今は魔法をつかってるなんて なしくずしというかなんというか。」という老人の言葉に、誰一人として違和感を感じない村。あまり笑って読めませんね。身の回りで、似たような事が起こっていそうで。世界に見放された世界はだらしない方向に流れていく。同感です。おっきな時代の流れ、歴史には、わたしたちちっぽけな存在は見向きもされない。それに抗うかのように、本が記されている気がする。本を読むことは、流れに降参し従属することに反抗し、そうして、今自分のいる世界を劣化させないように、必死に抵抗することであるような気がします。





ちぃっぽけな少年が、ただ一人、おいてけぼりにされた科学にしがみついている。この姿を「かわいいねえ」で捉えることは、時代に諦めているような気がする。西島大介という作者はPUNKな人で、原稿が紛失してしまったことを出版社に訴えた事で、一時期名前が知られています。河出書房で「アトモスフィア」や「凹村戦争」などパンクな作品を書いている人。こんな作者が「かわいいねえ」で終わる漫画を書くはずが無い。





あとがきで作者は「『どうでもいいさ』という言葉は、すでにできあがった社会に対するある種の反抗の言葉に聞こえます。」と、登場人物である魔王(魔女)の名前について語っています。黄昏を迎え続けている社会に生きている危機感は、いつの時代にもあって、必要不可欠な感覚なんだろう。こんな鋭い感覚の漫画には、西島大介の画風がほんとによく合います。中和してくれる。





2010/01/14

南瓜とマヨネーズ




南瓜とマヨネーズ

南瓜とマヨネーズ







【あらすじ】”ハギオ”が忘れられないまま”せいちゃん”と付き合う私、ツチダ。音楽で成功することを目指している”せいちゃん”のためにバイトで生活費を稼ぐ私。色々あって最近だめな”せいちゃん”と生活をするために、水商売だってかまわない私。ある日”ハギオ”に会った私。あの時の気持ちが沸き上がってきて、やっぱり私は”ハギオ”が好きなんだって思ってしまった私。どうしたらいいかわからない。





今日、何気に手に取った漫画は魚喃キリコの「南瓜とマヨネーズ」。ちょうど事務所で上司から「あんたはほんまに女がわかってない。結婚できへんで。」と言われ、男と女の付き合いに悩んでいたから、強烈なタイミングでした。また漫画に大切な事を教わりました。キレイゴトでは終われない傷をお互いに負ってそれを見せ合って分かり合って、それでも毎日一緒に笑っていられること。男と女が一緒にいるってそういうことなんだと。





”せいちゃん”のためにバイトをして水商売をして売春までしてしまう”ツチダ”は、たぶん誰も責められないし、どうしようもなく誰かを好きになった人ならばそうするんだと思う。そんな”ツチダ”を赦して、一人働かせる訳にはいかないから自分の夢を諦めて仕事を探して一緒にいることを選んだけれども、それでも音楽を忘れられなくて、どうしようもなくなって”ツチダ”に別れを告げた”せいちゃん”を誰も責められない。





一度全く違う道を進むようになった”ツチダ”と”せいちゃん”が自然と出会って、また二人で暮らすようになったのを、冷めた目で眺めるような人間には、なりたくないと思いました。30歳が言う書評ではないかもしれないですが(汗)、それでも、感情の少ない絵と強烈に感情の込められた台詞は、時折読んであの頃の大切な気持ちを取り戻させてくれるのではないでしょうか。





2010/01/13

バンパイヤ








人間はだれでも、あばれたくても、あばれられないときがある。


人をなぐりたくても、なぐれないときがある。


それはみんな、人がきまりや道徳にしばられているからだ。


そういったものにしばられないで、


やりたいとき、すきなことができたら、


どんなにたのしいことだろう。


もしかしたらそれがほうとうの生きがいではないだろうか。


それとも、きまりや道徳をよくまもって


まじめ人間でくらすのがいちばんしあわせなのだろうか?


(手塚治虫 あとがきにかえて より一部抜粋)





個人差はあるものの、何かがきっかけとなって獣化する種族を作中ではバンパイヤと呼んでいます。獣化すると理性が効かなくなり、人を襲ったり畑を荒らしたり、好き勝手やり放題を繰り返す。バンパイヤ一族はそうした自らの欠点(性質?)を熟知しているため、人里離れた山間の村でひっそりとくらしていた。しかし、近代化の波が山に訪れる。土地調査の調査員が村を訪れることが判明し、種の秘密が危機にさらされることに…。バンパイヤ達は村を捨て、人間の社会に溶けこむことを決心する。多少の事件は起こすもののひっそりと暮らすバンパイヤ一族。しかし、悪魔のように知的で冷酷な少年ロック(間久部緑郎)は、世界を支配しようという野望のためにバンパイヤを利用しようとする。





少しあらすじが長くなってしまいました。すいません。書きながら思ったのですが、バンパイヤって普通の人間と変わらないんじゃないかと思うんですよね。ぼくらは獣化できないから、好き勝手できないだけで、衝動を抑えて生きているのはバンパイヤと変わらない。好き勝手悪行を繰り返す間久部緑郎の方がかえって人間離れして見える。不思議な感覚です。





漫画はエンターテインメント性を帯びてストーリーを進めますが、あとがきに書かれた手塚治虫の問題提起は解決されません。読者に委ねられています。特に第2部に至っては掲載誌の休刊により未完に終わっています…。せっかく人間に生まれたのだから、動物となって好き勝手いきるのは嫌だなあと思いつつ。注意して生きないと、人間は、間久部緑郎のようになってしまう危険性があることを自覚しておきたいと思いました。小心者のぼくは、悪行すらできないと思いますが…





strawberry shortcakes




Strawberry shortcakes (フィールコミックスGOLD)

Strawberry shortcakes (フィールコミックスGOLD)







最初に申し上げますが、私は男です。家庭を持ち、養うだけの収入を社会で稼ぎ、年寄りになり、人生を終える道が目の前に伸びていく。そういう男という性として生を授かりましたが、私は女性性を持っているので、夢は主婦です。誰かに所有され、その中で自分の守れるだけのものをしっかりと守る。それ以上の戦いは望みません。だから、ライターとして密やかに社会貢献をし、その対価としての報酬でひっそりと家庭を守る。そんな私を所有してくれるような方と、家庭を持ちたいと考えています。なんだこりゃ。





「strawberry shortcakes」を読んで、誰に共感するでもなく、ただそこに流れる空気に共感する人は多いのではないでしょうか。イラストレーターや上京してきたOLや娼婦などなど、4人の登場人物はそれぞれが、一定の意味で普通ではない。「普通ってなんだ?」という疑問が頭をもたげるけれども、まあ、なんとなく、そんな一般的ではない人たちが集まって、東京という街の住人を形成しているのだと思います。(そういう意味で「恋したいおさげの女の子」が普通に一番近いんだろうけど)





それぞれがどうしようもなくワガママで、好き勝手生きている。でも、どこかであきらめがあって、それも青臭いんだけれど。ただ「幸せになりたい」という希望だけが共通していて、その「求め方」や「あきらめ方」に共感する。それは女性性を持っている人間ならば誰しもが共感しうることなのじゃないでしょうか。だから映画化もされたんではなかろうかと。





神様


ほんとは


あなたなんていない。





あたしはこんなふうに


菊地を手に入れるのだ





真っ黒いページにこの5行の台詞。これがこの4つの短編が織りなす「strawberry shortcakes」をまとめています。私の持っている単行本は祥伝社のもので、装丁がマーブル模様の美しいものでした。それは全く混ざり合うことのないいくつかの色が、不規則に模様を描いていていて、それはそれで美しい。生き方や求め方は色々で、何かに当てはまる必要はなくて、無理はする必要がない。ただ、自分の生き方に責任をもって、それをまっとうすればいいのだろうな。





そう思いながら、部屋でも掃除すっか、なんて思った私でした。書評になってねーな。すんません。。





2010/01/10

丸尾末広はこういう人だったのか。




芋虫 (BEAM COMIX)

芋虫 (BEAM COMIX)







小説を原作とした映画を見て落胆することが多くないですか?「無骨だけれども優しい不器用な男を想像していたのに、なぜあのジャニーズ俳優が起用されるの?」「水のような透明な女性を想像していたのに、なぜあのアイドルが起用されるの?」落胆というよりも憤りが先にたつ作品が多すぎる。原作を愛して作られた映画やドラマは数えるほどしかありません。





さて、この芋虫は、江戸川乱歩の小説が原作になっていて、まあ、この漫画に興味を持たれる方の多くは、江戸川乱歩の原作を多く読んでらっしゃる事でしょう。私もそう。非日常が平然と描かれている世界観…芋虫はその代表格とも言える作品です。戦争で大怪我を負い、芋虫のようになった夫と暮らす妻の狂気を淡々と物語ります。





四肢を無くし、芋虫のように這う男と、五体満足な女のセックスシーンを現実の世界で、私の生活の中で見ることはありません。結局、本を読みながら頭の中で想像するしかない。その想像の世界にはフィルターがかかっていて、それは、あまりにもひどいものは想像したくない、というフィルターで。芋虫とはいえ造形の上で非日常なだけであって、その顔や汗や精液や血や、そういったものは絵画のように繊細な配置をもって描かれているわけです。





しかし、丸尾末広はそうではなく、現実的な芋虫を描きました。戦争をくぐり抜け、何年も生き抜いた人間の顔にヒゲが生えていないワケがない。禿げていないという確証などもてない。腹はでるだろうし、皮膚は年齢を物語るように凹凸を見せるだろう。精液は汚らしく汗と混じり合う。恍惚の表情などは艶やかなわけがない。綺麗事を江戸川乱歩が描いただろうか。まさか、そんなはずはない。汚らしくも生々しい生身の人間の内面からはじけとぶ異常で妖艶な愛が本質にあるはずだ。ということを、再認識させられる一冊です。





ただ





小説でも漫画でも変わらぬ魅力を持ったモノがあります。それは「ユルス」という一言。外界とつながることができる最後の手段であった「視力」を愛する女性に絶たれた芋虫。彼(人間とも呼べない風貌だけれども)が、それを悔いた女性に詠んだ3文字の辞世の句が「ユルス」でした。目も耳も口も効けない芋虫は、目を突いた女の言葉が聞こえない、表情が見えない、何もわからない。頼るのはただ今まで二人で過ごしてきた時間が証明する彼女という存在と、自分と彼女の間にある愛という概念だけ。それがいかに純粋であったかを物語っています。でなければ「ユルス」ことなどできようか。そして自ら命を絶つことなどできるだろうか。





「ユルス」の一言から丸尾末広の漫画版「芋虫」は始まります。私は原作への愛を感じました。





2010/01/07

ゴブリン公爵




ゴブリン公爵(1) (手塚治虫漫画全集 (352))

ゴブリン公爵(1) (手塚治虫漫画全集 (352))







コミックの表紙に使われている鬼のような石像の名前は「燈台鬼」と言います。3000年前、はじめて中国を統一した殷(いん)王朝が守護神として造り、念力で自由に動かせる破壊ロボット。それをめぐって善悪4人の登場人物がぶつかり合う。人を殺す兵器にもなれば人を救う存在にもなるロボットを巡り、善と悪の戦いがはじまる…





悪役が漫画のタイトルを飾るこの作品。手塚作品は主人公と相対する「悪」が際立つものが多いですが、その中でも個性の強い「悪」が登場しているからでしょうか。作者自身も「この作品の最大の収穫は新しいタイプの悪の少年を生み出したことでしょう。」とあとがきで書いています。





手塚作品の悪役スターは「間久部緑郎=ロック」です。作品によって多少違いはありますが、どこか普通の人間と外れた執着(例えばナルシストとか…)を持ち、絶対的な「悪」として活躍します。ところが、ゴブリン公爵の珍鬼は、それとはまた違った悪の人間として登場。冷血な一面を持ちつつも、人間らしい弱さを持った、誰もが陥りうる危うい「悪」の存在です。





ストーリーはたぶん少年向けだと思います。全編、超能力合戦が繰り広げられる、いわゆるエンターテインメントです。それはそれで楽しいのですが、悪役に注目して読んでいただくと、また違った楽しみ方ができる深い(?)作品です。つまり、噛めば噛むほど美味しい、燻製みたいな漫画です。





2010/01/02

手塚治虫『マグマ大使』




マグマ大使(1) (手塚治虫漫画全集 (186))

マグマ大使(1) (手塚治虫漫画全集 (186))







ロケット人のマグマとガム、人間のまもる君が、


地球をゴアの魔の手から守るお話。


醜い姿にコンプレックスを抱くゴアは、


美しいものに目がない。


地球を支配しようと色々な兵器を使うんだけれど、


街並みや森などを壊そうとしない。


綺麗なままで自分のモノにしたいゴア。


はてさて温暖化で砂漠化が進み、


緑の失われている今の地球。


それでも、ゴアは欲しがるのかな。


いつまでも、ゴアが欲しがる地球でいたいなあ。